奏でてくれたのなら少しはこの重苦しい雰囲気を紛らわせることができるのに、
と思いつつ小林は事務局の扉を開けた。
思ったとおり突き刺さる24ならぬ26の瞳に圧倒されつつも
なんとか引きつりながらの笑顔を保つことが出来た自分を小林は褒めてみる。
「制度部の取材に来ました。」とマックスハイテンションな挨拶にも、
ただ部長の濱田が「小林君、ご苦労さん」と冷ややかな返答を返すばかりである。
これが各支部から選ばれた精鋭たちかと、小林は抜け目なく目を走ら
せながら、熱気で軽く温まった片隅のパイプ椅子に腰を下ろす。
議論は税理士法第1条の税理士の使命について、である。若手、ベテラン
それぞれの立場・経験から飛び交う意見を聞いているうちに小林は先ほど
の部長の余裕のない返答の理由を垣間見た。濱田部長は自分の想像を軽く
飛び越える部員達の豊富な知識量に圧倒されているに違いない。
“小っちぇー男だ、あの部長。” と危うく口から漏れ出そうになる言葉達を
必死で飲み込む。
時間と共に熱い議論に当てられ、自分の中の怪物を抑えきれなくなった
小林は部長に許可を得、議論へと参加していく。その様子はあたかも
栓を抜いた水槽の渦のように最外から控えめに、そして徐々に加速しながら
最後は議論の中心へと躍り出た。
小林は思った、俺が求めていたのはこれだったんだ。空虚な日常に
一石を投じるんだ。
「僕は制度部員になりたいです。」この一言は先ほど飲み込んだ言葉の反動の
ように、勢いを増して、しかしとても潔く小林の唇から発せられたのだった。
(つづく)
作・制度部長 濱田和希

